眠れるライオンもたまには起きるっ

『何を書けばいいかわからない人のための小論文のオキテ55』著者の鈴木鋭智が受験生を励ましたり冷やかしたり・・・

カテゴリ: 現代文の記述問題

そろそろ国立二次のために記述の勉強でも始めっか。


国語の記述問題って「適当に傍線部の周辺をまとめる」って考えていると、いくら赤本の解答を見ても上達しないよ。

大事なのは
「その答案だけを読んで意味が十分わかるか」


たとえば

「現代の『自由』が『自由』を蝕んでいる」とはどういうことか。

という問題。

よくある答案が
「市場経済における自由が本来の自由を妨げているということ」

う〜ん、残念。
この答案のダメな点は
「市場経済における自由」って何?
「本来の自由」って、何?
ということ。
(出版社の解答にも時々こんなのがある)

「自由」とは何かが出来ること。
「自由」が二つ比べられているということは、その「何か」が二種類あるということ。

ということは、この問題の意図は

「何かが出来ることで、逆に何かが出来なくなっている」状態を説明することだ。

というわけで、こう書いてたら正解。

「好きなものを買えることは一見自由であるが、実際は消費社会の価値観に支配されているに過ぎないということ」

「・・・とは何か」とは「別な言葉で言い換えろ」ということ。

小学校の同窓会で
「久しぶり!僕だよ僕、山田!覚えてる?」と聞かれて
「え、あ・・ああ!山田君ね。覚えてるよ!」とオウム返しする人は思い出してはいない。
「え、山田?!あの昆虫オタクの?」と別な表現で言い換えられたら本当にわかった証拠だ。

本文の言葉をそのまま使わなくてもいい。
というより、本文にはっきり書かれていないからこそ出題されてるんだから(笑)

ちょっと難しい話するぞ。


日本人が苦手な受け答えに「なぜ問題」がある。


「平均寿命」と「最大寿命」の違いを読み取らなきゃいけない文章があったんだよ。

「平均寿命と最大寿命、それぞれ何で決まる?」と尋ねたら、

「平均寿命は統計で決まる。最大寿命はギネスブックに載っている」
という答えがあった。

正解は
「平均寿命は病気や事故などで死ぬ年齢の平均。最大寿命は細胞分裂の回数の限界」

違いがわかるかな?

「どうやって平均値と最大値を知るのか(=根拠)」なら「統計」と「ギネスブック」でいい。

でも「なぜ多くの人が平均的な寿命で死ぬのか(=原因)」なら「病気や事故」。
同じく「ギネスに載る人もなぜその年齢までしか生きられないのか」なら「細胞分裂の限界」だ。


日本語の「なぜ?」「何で?」はまぎらわしいね。


国語の「なぜ?」問題には三種類ある。
・なぜそうなったのかという【原因】
・何のためかという【目的】
・なぜそう言えるのかという【根拠】

このうちどれを答えるべきかは文脈と設問で判断する必要がある。


むかし東大で出た問題。

「戦死者の遺骨を故郷に持ち帰る習慣は明治以降の軍国主義によって始められたものだが、戦後の日本政府も戦地での遺骨収拾を再開した。しかしこれは政治的なものというよりは日本人の遺骨を尊ぶ心によるものだ」

という文章。長いので前後の話は省略したよ。

それで設問は
「なぜ筆者は政府の遺骨収拾を日本人の心によるものと考えているのか?」

これに対する某出版社の模範解答は
「軍国主義によって始められた遺骨を尊ぶ習慣が、長年のあいだに日本人の心に刷り込まれたから」

う〜ん、ダメ。
だから「心に刷り込まれた」と言えるのはなぜか?って聞いてんじゃん(笑)

「なぜ日本人が遺骨収拾を再開したのか」という【原因】ならこれでもいい。
でも、求められているのは「なぜ筆者は政治ではなく心だと考えたのか」という【根拠】だ。

正解は
「もしも政府による遺骨収拾が政治的なものならば国の責任である戦争の犠牲者だけが対象となるはずだが、実際には国の責任ではない日航機墜落現場や阪神大震災の被災地でも行われているから」

日航機とかの話は本文の最後にちらっと出てくる。でも傍線部と離れているというだけで見落としてしまう人が多いんだよ。

【根拠】を説明するというのは一種の証明問題。
傍線部の周辺を適当にまとめればいいというものではない。
ましてや最後に「・・・から」を付ければいいってもんでもない。

「なぜ?」と問われたら【原因】【目的】【根拠】のどれを求められているのか、気をつけよう☆

代々木の本部でミーティングがあったんだよ。

新学期から始める新しい企画の打合せ。



そこで東大の問題の話になった。


実は出版社の解答には「本文中の言いかえ部分を探してまとめる」系の答えが多い。

でも、もしそうだとすると要約の能力だけで東大に入れるという話になってしまう。

数学で「円周率が3.05以上であることを証明せよ」みたいな頭の体操を要求する大学が、

国語だけ要約すればいいような問題出すわけがない!というのが俺の持論。



例えば89年の第一問。昔の農業用水路に関する文章で、

「農村を流れる水路の醸し出す風景」はなぜ「一幅の絵画たり得た」のか、という問題に対して

「農村の生活は自然と調和していたから」と文中の表現で言いかえるか、

「飲料用水でもあったので水路やその周りを清潔に整備する必要があったから」と水路と美しさの間の因果関係を埋めるか。



東大はどっちを求めるだろう???



俺は後者の考え方なんだけど、でもこれも俺の仮説に過ぎない。

本当に東大が後者を正解としているという確証はない。



だって、東大は教えてくれないもん。

・・・ん?教えてくれないって、聞いてみたんか?



意外にも、誰も東大に聞いてみた人はいないらしい(笑)


わからなかったら本人に聞く。これ社会科見学の基本。



というわけで、東京大学入試課に突撃電話してみた(打合せの席で)。

「あのー、入試問題の正解と採点基準を教えてもらえませんか?」

「公開しておりません」

「どうしても聞けないんですか?」

「こちらでは一切出しておりません」

「絶対ダメ?」

「ええ、ですからこちらでは一切」



うーん、やっぱりダメか(笑)



みんな驚くかもしれないけど、これが実情なんだよ。

各予備校や出版社が「たぶんこうだろう」という「模範解答」を出しているに過ぎない。

それで先生たちの間で答えが違うとかいって喧嘩になる(笑)



この状況を打開するのが今年のテーマだな。




【今日の会議の成果】

何が正解かという一番基本的なことが解明されていないという、国語業界最大の欠陥が浮き彫りになった。

国立受験組はぼちぼち私大が済んで本命の準備に突入し始める頃だね。

国語に関して言うと、私大と国公立二次の一番の違いは記述問題。

予備校生なら一年間記述ばっかりの授業があるからいいけど、

現役高校生はセンター終わってから初めて記述の勉強するって人も多いよね。




記述問題のやり方を全然知らない人のためにちょっとした基本を教えよう。
(社会なんかの論述問題でもこの基本は同じだよ)


【傍線部「・・・・」とはどういうことか、60字以内で説明せよ】

この場合、「どういうことか」には意味が三つある。

1 傍線部を〈言いかえろ〉

2 文中の内容を〈まとめろ〉

3 抜けている論理を〈埋めろ〉


いま解こうとしている問題がこの三つのうちどれに該当するかは、

空気を読め。



記述問題で「何を答えたらいいかわからない(泣)」という人のほとんどはこの三種類を区別していないんだよね。

空気を読んでない。

だから〈言いかえろ〉なのにその段落をまとめたり、〈埋めろ〉なのに別な単語で言いかえたりしてしまう。



基本的には傍線部に比喩や難しい言葉があったら〈言いかえろ〉だし、

「これ」「それ」のような指示語があったら〈まとめろ〉だ。

傍線部が「風が吹くと桶屋が儲かる」のように論理が飛躍した表現なら、その間の因果関係を〈埋めろ〉だね。




〈言いかえろ〉と〈埋めろ〉の場合、解答に使う言葉が文中にあるとは限らないから気を付けよう。

特に旧帝大や筑波では文中に書かれていないことがよく出題されるぞ。
(最後の設問に多いね。東大では問一からいきなり来る)




「答えは本文中にすべて書かれてある」という思想が国語教育界には根強く残ってて、

こういう先生に教わると「とにかくその段落をまとめる」という不毛な練習ばかりすることになってしまう。

中には「傍線部なんかどうでもいい」という人までいる(笑)


でも、「東大の国語は素直にまとめる力が問われている」とか教えられた東大受験者の多くが国語で半分も点数取れてないという事実は、その仮説がウソだという証拠だ。



国公立二次で勝ちたかったら、まず「まとめる病」を卒業しよう。



「本文を読んでから解くんですか?それとも解きながら読んでいくんですか?設問は先に見ていいんですか?見ない方がいいんですか?どうすればいいんですか?」



まぁ、落ち着け(笑)

センター試験の現代文だったら、本文を全部読んでから問題を解いていった方がいい。

先に選択肢を見ちゃうと、間違い選択肢の解釈に引っ張られることがあるから。




でも、国公立二次の記述だったら、先に設問を見た方がいい。

記述問題が何問あるか、

傍線部に変わったキーワードはあるか、

傍線部に指示語はあるか、

「なぜ」の問題はあるか。




本文を読む前に設問をちょっと考えてみるといいよ。

すると、「う〜ん、こういう情報がないと答えられないじゃん」というポイントが見えてくる。

はい、その情報を探して本文へGO!

案外早く見つかるから。




書かれてあること全部を漫然と受け入れる読み方と

欲しい情報だけを獲りにいく読み方。

国公立二次で必要なのは後者だね。



さっそく練習してみよう☆

60字前後の記述問題は「ポイントが2つある」と考えておこう。



「傍線部『こういう議論』とは何か、説明せよ」という問題なら、

前の段落あたりで「第一に…第二に…」みたいに内容が二つ並んでいたりする。
「…さらに…」とか「◎◎的には…、△△的には…」も同じ。



「変化」に関する問題なら、「ビフォー/アフター」で答えよう。


傍線部に「奇妙」「おかしな」があったら、矛盾を説明する問題だ。


傍線部に「似ている」とあったら、共通点と相違点。相違点がなかったら「似ている」と言わずに「同じ」と言っているはず。


「関係がある」という言葉は曖昧だ。
「AとBが同じ」なのか「AとBは逆」なのか「Aの結果Bになる」のか「AがBを支配する」のか。



否定語ではなく肯定語で言い切ろう。
「近代的ではない価値観」ということは「江戸時代の価値観」だ。


傍線部に「…しなければならない」とか「必要」とかがあったら、「それがなければどう困るのか」を説明しよう。



えーっと、あとは何だっけ?


思いついたらまた書くよ。

直前のヒントにしてくれ☆

ちぃさんのリクエストで、記述問題の話。

代ゼミの国公立のクラスではかなり詳しい話をするんだけど、今日は初心者でもすぐマネできることを教えよう。

【攻略法1】「〜とはどういうことか、説明せよ」には二つの意味がある。

1 本文の内容をまとめる
2 傍線部の言葉を言いかえる

この区別は傍線部と設問の条件をよーっく見るとわかる。

傍線部に比喩やわかりにくい言い回しがあったら、その言葉を言いかえろということだ。
たとえば「『日本語はいわば缶詰なのである』とはどういうことか、60字以内で説明せよ」なら、
・「日本語」のどんな点を取り上げているのか?
・「缶詰」という比喩は何を意味しているのか?
この2つを30字ずつで書けばいい。


傍線部が比喩とかじゃなく普通の言葉だったり、「このように」のような指示語があったら、「まとめる系」の問題だ。

傍線部の前とか後とか、どこかに説明が書いてあるのでそれをまとめよう。



いずれにしても、初心者が一番困るのは「マス目が埋まらない」ということだよね。そこで、



【攻略法2】記述問題では、「採点ポイントが2つある」と考える。


もちろん実際の採点基準はもっと細かい場合も大ざっぱな場合もあるけど、「2つ」と覚えておけば大きく失敗することはない。



本文の内容をまとめる問題なら、そこに入れなきゃいけない要点がザックリ2つある。
本文を読めば見つかることもあるし、傍線部の表現にヒントが隠されていることもある。
その辺はケース・バイ・ケースなので自分で気づけ。空気を読め。

言いかえる系の問題では傍線部に怪しい言葉が2つ潜んでいることが多い。
あるいは一語で2つの内容を含むこともある。
たとえば「なおさら」という言葉には「前に何かがあって、もう一つ」すなわち「二段階」という意味がある。だから2つの段階を半分ずつの字数で説明することになる。



実は国公立大ではもう一つ「抜けている論理を埋める系」の問題もあるんだけど、その話はまた別の機会に。




ちなみに過去に書いた記述問題についての記事はこちら↓

2011年05月31日 模試は帰ってからもう一度解け
2011年02月25日 国公立前期の記述対策3
2011年02月21日 国公立前期の記述対策2
2011年02月17日 国公立前期の記述対策

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1984年の東大の問題、西部邁「経済倫理学序説」。

本文の冒頭が、

《進歩主義の態度には遊びの要素が少ない。遊びとは、厳格なルールに従い、非日常的な形で、緊張とそれからの解放とを味わうことである。……》

から始まっていて、第三段落の途中で

《いずれにせよ、言論の質が保たれるべきだとするなら、ア非日常性において遊ぶという精神が必要である。》

と書いてある。そして設問が

(一)「非日常性において遊ぶという精神が必要である」(傍線部ア)とあるが、「非日常性において遊ぶという精神」とは、どのようなことをいうのか、説明せよ。



さあ、どう答える???



これに対する赤本『東大の現代文25カ年』の解答は

【進歩主義一色の日常を離れて、厳格なルールに従い非日常的な形で緊張と緊張からの解放を味わおうとする精神。】

確かに、「非日常性において遊ぶとはどういうことか?」と聞かれて、本文の中の「遊び」の定義をまとめているけど…


これって、本文一行目そのまんまじゃね?



高校入試ならこれでも正解。
MARCHでもこれだけ書ければOKだ(立教を除く)。

でも、東大だぞ。こんなので差がつくか?

もしこれが正解なら、東大「合格者」の多くが国語で5〜6割しか得点できていない事実が説明できない。

一体みんなどこで点数落としてるんだ???ってことになる。




もしもこの設問が「遊び」の定義を求めているんだとしたら、本文一行目をまとめれば十分だ。


でも、もしも出題意図がまったく別なところにあるとしたら???





さて、傍線部のあたりをよーっく見よう。

《いずれにせよ、言論の質が保たれるべきだとするなら、ア非日常性において遊ぶという精神が必要である。》

そう、筆者は「言論の場における」遊びの精神の必要性の話をしているんだよ。遊び一般の話じゃない。




こう考えると、この設問の構造は次のようになる。

「遊びの精神→(    )→言論の質を高める」

普通なら議論のときは「真面目にやれ」と言われるのに、筆者は逆に「遊んだ方が言論の質が高まる」と言う。矛盾してる。


「一見矛盾している理屈の因果関係を埋めろ」って、なかなか高度な問題だよね。




真面目な議論では決まり切った意見しか出ない。
少数意見や反対意見は封じられる。

戦時中の日本も、たぶん真面目すぎたんだね。

言論の質を高めるために必要なのは意見の多様性だ。



というわけで、俺の「因果関係を埋めた」解答はこちら。

【進歩や実利を求める真面目さから離れることにより、言論に新たな視点や自由な発想をもたらそうとする精神。】


比較のために前述の『東大の現代文25カ年』の「本文一行目をまとめただけ」の解答ももう一度。

【進歩主義一色の日常を離れて、厳格なルールに従い非日常的な形で緊張と緊張からの解放を味わおうとする精神。】




「まとめる」主義の同業者に「埋めた」解答を見せると、「はぁ?!『新たな視点』なんて本文に書いてないし!」と猛反発を食らうことがある。

でも「本文にはっきり書いてある範囲で答えを作れ」なんてルール、あったんか???

つーか、本文一行目の抜き出しを「東大の解答」と称して疑問を持たない呑気さが不思議だ(笑)


「先生のブログにあんな記事があったような気がしたんすけど、探せませ〜ん(泣)」と言われたので、

たまにはまとめ記事みたいなのも作るか。



【国立二次の記述対策について書いた記事2009〜2011】


初心者が手っ取り早く点数取りたいなら、こちら↓
2011年06月18日 記述問題は採点ポイント2つ



もうちょい詳しく体系化したのがこちら↓
2011年02月17日 国公立前期の記述対策
2011年02月21日 国公立前期の記述対策2
2011年02月25日 国公立前期の記述対策3

2010年04月29日 「噛み砕け」って漢字で書くと強そう
2010年03月08日 東大に電話してみた



このブログで記述問題の話を書き始めたのはこの辺からだったような気がする↓
2009年01月30日 記述の勉強2
2009年01月24日 二次対策・記述の勉強

これが一部のクラスで話してる「東大第一問仮説」につながるんだよ↓
2011年07月11日 東大の問題を解いてみよう



あれれ?
2009年と2011年は何度も書いてるのに2010年はほとんど書いてないな。
あの年は山ほど問題を解きながらノウハウを体系化するのに忙しかったんだと思う。




いままで「現代文の参考書でいいのないっすか?」と聞かれても「ない。」と答えてた(笑)

だってホントになかったんだもん。

過去問やっても、赤本は解答がダメダメなので生徒に勧めるのは良心がとがめる。

センター後に一人で国語の勉強するのって、難しかったんだよね。



そしたら、最近とってもいい本が出たぜ!!


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著者:湯木知史
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カジュアルに楽しく適当にやりたい人は読者として想定されていない(笑)

ただし、国立大、特に筑波〜東大あたりをマジで狙う人にはピッタリだ。

俺の授業を受けてた生徒も、この本の方法論ならまったく違和感なく入れるはず。



心の狭い俺が同業者(大先輩だけど)の本を絶賛して人に勧めるって、かなり珍しいぞ。たぶん最初で最後だ(笑)

それくらい完成度の高い参考書◎

「なかなか、思い切った解答ですね」

「はい、攻めました。やりすぎですか?」



テキストの解答を作り直す作業の続き。

昨日は本部でテキスト編集の担当者と会議。

会議といっても、俺とその人の二人きりなんだけど(笑)



まぁ、俺が無理言って急に決まった企画なので準備不足は仕方ない。

この担当者は改革の必要性を理解してくれる貴重な味方だ。





以前からテキストに載っている問題は従来の解答に俺の意見をぶつける形でだいたい決着はついた。

今日のメインは新しく加えられる問題の解答。柏で一人作業していたのもこのためだ。

俺の準備は万端。さあ、始めようか!





「えー、それがですね、新規の4問については他の職員とか先生に作っていただいたんですが、印刷の締め切りが週明けでして・・・」



要は、いま俺がいつもの調子であれこれ言うと、元の解答を作った人にそれを伝えて了解を得るのに時間がかかって印刷に間に合わない、ということらしい。

結局、その新しい解答は見せてもらえず、誰が作ったのかも教えてもらえず。

(ここがおかしいよな。プロの講師なら名乗って自分の解答に責任を持つべきだ。批評されるリスクも含めて)

でもまあ、板挟みにあう担当職員の立場もわかる。ここは穏便に済ませておこう。

今日のところは改革への第一歩。上出来だ。





この一ヶ月、国公立大現代文の解答作りに一番エネルギーを費やしてきたなあ。

代ゼミのテキストだけでなく、国語教育業界そのものにも改革の余地をたくさん見つけた。これは自分のライフワークになると思う。

新学期が楽しみだぜ☆






と思っていたら、


ここにきて衝撃の事実が発覚。




新学期から、


俺は国公立大現代文を担当しない(爆)



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