眠れるライオンもたまには起きるっ

『何を書けばいいかわからない人のための小論文のオキテ55』著者の鈴木鋭智が受験生を励ましたり冷やかしたり・・・

カテゴリ: 日本語教室

「鈴木鋭智の本業は一体何なのか?」問題ってのがあって、

・ビジネス書や受験参考書の著者
・高校に呼ばれての講演会(高校生向け)
・CSS公務員セミナーの講師(大学生向け)
・ビジネスセミナー、企業研修の講師(社会人向け)

と、いろいろやっているので「どれが本業やねん?」とよくツッコまれる。



でも自分の中では一貫していて、ずっと「国語の先生」なんだよ。

正確にいうと「学校では教えてくれない『ビジネス国語』」。



というわけで、「国語の先生」鈴木鋭智が

ビジネスパーソンを相手に何を話しているのか、

よくわかる動画があるので紹介するね。

プレゼンの参考にも、どうぞ!









電車での移動時間、
空港の待ち時間、
予定をドタキャンされてぽっかり空いた2時間、
台風や大雪で新幹線が立ち往生してしまった数時間、
連休明けでやたら混んでる病院の待ち時間、

こういうの、大好きだねえ(笑)

落ち着いて読書できる貴重な時間なので。



先日、やっと読めたのがこの本。
AI vs. 教科書が読めない子どもたち
新井 紀子
東洋経済新報社
2018-02-02



2011年に「ロボットは東大に入れるか?」という実験的なプロジェクトが始まったんだけど、

結論が出たらしいよ。


「東大は無理でした。MARCHなら入れます」


計算問題や世界史の用語を答える系は得意なのに、

文章を読んで意味を理解する、いわゆる「読解力」が人工知能にはまったくなかったんだって。

コンピュータは「意味」を理解しないんだね。



というのが、この本の内容の半分。

ここまでは「そりゃそうだよね」という人も多かったかもしれない。



それより重大なのが、この本の後半。


「高校生の読解力が、人工知能以下だった」



もう少し詳しくいうと、
「文の意味」ではなく「単語」だけ見つけて答えを出そうとするコンピュータみたいな読み方をする生徒が大半で、教科書すら正しく読めていない。


そうそう! 国語を教えている現場の感覚はまさにその通り!

勉強が苦手な人って、単語だけ拾うよね。

漢字の熟語だけを点々と見て、間のひらがな(助詞)をスルーする。

だから「幕府が大名に命令する」も「幕府に大名が命令する」も同じに見えてしまう。



運転免許の学科試験で何度も落ちる人も、原因は知識不足ではなく国語力だ。

「前の車が右折の合図を出しているとき、その車を追い越すには右側の車線に進路を変える」

おいおい、ぶつかるから!

国語力がないと、「〜とき」とか「〜ならば」という条件の部分をスルーしてしまう。

これは教本の内容を暗記するような話じゃない。
読んで車の動きをイメージすればわかる話だ。




ところが、高校や予備校の「国語」の時間にこんなことを教わる機会はまずない。

だって現代文の問題ってこうだもんね。


傍線部アとはどういうことか、答えなさい。
現代文2



同じ内容が、ほら、ここに書いてありますね。

ここをまとめれば正解です!

現代文3




・・・って、それは視力検査ですから!

同じ内容を拾ったら、ただのオウム返しですから!

理解とかロジックとか不要ですから!




東大クラスでは難易度を上げる。

さあ、これができたら視力2.0☆ みたいな。

現代文4






実際は、これで「問いと論理的に噛み合う解答」にはならないんだけど、予備校では視力検査的なオウム返し答案が「正解」とされている。

その理屈は、「これでそこそこ受かってるから、いいじゃん」



「そんなのは読解力じゃない! 大学が求める国語力じゃない!」

と代ゼミ時代に主張して、模試やテキストの解答の見直しを提案したりしたんだけど、

同業者にはほとんど理解されなかったなあ(涙)



よしそれならと、参考書という形で世に問うてみた。



公務員試験 無敵の文章理解メソッド
鈴木 鋭智
実務教育出版
2017-04-19



でも、日本の国語教育を揺さぶるほどの影響力は・・・なかったなあ(涙)

(小論文のルールを変えた『小論文のオキテ55』のようにはいかなかった)




そんなわけで、学校での国語教育を半ば諦めて「社会人のためのビジネス国語」という仕事にシフトしてみたら、

こっちの方が明らかに需要あったよ。

単語だけ拾って判断する人って、仕事では危険だもん。

売り上げにも生産性にも直結するので、企業は社員の教育にお金をかける。これは投資だ。




それでいまではすっかり企業研修とビジネスセミナーが本業になってしまったんだけど、

この本を読んだら学校教育って世界にちょっと希望が見えてきた。

国語教育の風向きが変わるかもしれない。

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
新井 紀子
東洋経済新報社
2018-02-02


「卒業旅行に中東まわりたいんですけど、エジプトとかなら大丈夫ですよね?」

というメールを(しかも女の子から)もらったので、

「行・く・な」

とだけ返事しといた。

「ア・ホ・か」と送ろうとも考えたけど(笑)、

はっきり止めた方がいいかと思って。




だってさ、向こう行って何かあったら、出発前に少しでも関わった人はみんな悔やむじゃん。

「何であのとき無理にでも止めなかったんだろう?」
「あのとき引き留めなかった自分のせいだ」って。

だから後藤さんや湯川さんの周囲の人たちは「彼の自己責任」とは思えないだろうなあ。
みんな「私の責任」を感じているはず。




ところで、騒がしい「自己責任論」「安倍責任論」について国語的に整理してみようか。



「責任」という言葉には意味が二つあって、日常的にはごっちゃに使われている。

1 誰のせいなのか
2 誰が後始末するのか


一般的にこの二つは同じだと思われがち。
たとえば物を壊したら、壊した人が弁償する。
原因を作った人と後始末をする人は同じだ。

でも、小さな子供が高額な骨董品を壊したら、その子の代わりに親が弁償するしかない。
原因を作った人と後始末をする人が別というケースはよくあること。


さて、シリアとか行って捕まっちゃった場合、

1 誰のせいなのか=行った本人のせい
2 誰が後始末するのか=本人や家族が何とかできる相手ではないので、国が対処するしかない。

やっぱり原因を作った人と後始末をする人は別。


後藤さんや湯川さんの件で「自己責任だ」と言う人は、たぶん「1 誰のせいなのか」の意味で「本人が原因を作った」と言いたいんだよね。

で、「自己責任と言う人に反対」という人は「2 誰が後始末するのか」の意味で「国が救出するべきだ」と言いいたいはず。


価値観や思想の違い以前に、言葉の定義がズレているんだよ。

(後藤さんが拘束前の映像で言っていた「私の責任」がどっちの意味だったのかは、今となってはわからない)




これから紛争地帯や雪山登山に行く人は一筆書いてから行くべきだよね。



1 この行動は(私の意志です/○○のせいです)。

2 万一拘束されたら救出(してください/しないでください)。



「俺の意志で行くけど、何かあったら国が助けてね♪」という人をどう扱うかという問題はまた別の話になるか。

センター試験まで1カ月!

過去問もやり尽くし、問題集にももう飽きたという受験生のために

今年もいってみよう、選挙公報で国語の勉強♪

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もともとは市議選から始まったこの企画。

地方選挙に比べて国政選挙の選挙公報は完成度が高くてツッコミどころも少なかったんだけど、

急な解散総選挙だったせいか、国政選挙なのに手作り感溢れる楽しい選挙公報に仕上がってるね☆





今回の趣向は「書き方が読み手に与える印象」。

政策の中身にはあまり興味が湧かなくて(笑)





それでは自民党公認、牧原ひでき候補から。

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まずは「景気と生活」が、何なのか?

景気と生活「が大変だ!」なのか、

景気と生活「が良くなりました!」なのか、

景気と生活「を良くしました!」なのか。

述語がないと、ポジティブなメッセージにもネガティブなメッセージにも見えるんだよね。




人間って案外テキトーに文を読む生き物なんだよ。

いまの日本では景気が「悪くなった」という人と「良くなった」という人がいて、彼らは勝手に(先入観で)述語を補ってしまう。

部分的に誤読されると、他の部分とつじつまが合わないので結果的に「よくわからない人」という印象になってしまう。というか、そもそも印象に残らない。


選挙公報で読み手に読解力を求めちゃいけない。
当選したかったら「テキトーな有権者」も取り込めるように書かないと。




どうせならストレートに
「アベノミクスで景気も生活もこんなに良くなりました!だから自民党公認の私に投票すべきです!」
と言えばいいのに。与党公認なんだから。




「いやいや、これはただの見出し(キャッチコピー)であって、下の内容と合わせてちゃんと読めばわかる」という意図かもしれないけど、

それにしては下のデータが庶民の実感から遠いものばかりで、しかも強調の仕方が変。



100とか15とか2とか30とか、数字だけを大文字にしているけど、

これが効くのは「増えてる/減ってる」というベクトルの向きが読者にも既に明らかな場合に限られる。




でも現実には「雇用は減って、賃金も減って、年金は破綻寸前」と逆のベクトルをイメージしている有権者が多いわけだから、

「増加」「上昇」というキーワードを大文字にして、読者の頭の中の前提を覆す必要がある。



もっとも、最初から「景気と生活がこんなに改善されました!」と言っていれば、数字を大文字にしたままでよかったんだけどね。





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「エネルギーの安定供給は、私達の生活に欠かせません。低価格での原油と天然ガスの調達に国家政策を総動員します。同時に再生可能エネルギーの促進もしていきます。」

で、原発再稼働には賛成なの?反対なの?




「●旧社会保険大宮総合病院のプラザノース北側への移転新設計画に尽力
●圏央道と上尾道路の早期完成に尽力!来年度に開通予定。
●高崎線・宇都宮線の上野駅からの延伸計画推進に尽力。来年3月に開通予定。
●2017年世界盆栽大会の大宮誘致に尽力。開催が決定しました。」

ここでの「尽力」って何だろう?

現役議員の「尽力」と一市民の「尽力」と国際弁護士の「尽力」は中身が違うはずだ。

ここで弁護士っぽい具体的行動が書かれていたら、プロフィールとこれまでの政治活動の一貫性が生まれて説得力が増すはず。




あ、そうそう。プロフィールでわざわざ「落選中は……」とか書かなくていいのに。

地元では「落選中の人」というより「まだ枝野王国を倒していない人」なんだから。

(てか普段は「ニューヨーク州弁護士」をやってるんじゃないのか?)





さて次、民主党の枝野候補。

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うわっ、ゴシック体びっしりの圧迫感!(笑)

左翼のビラじゃあるまいし。

しかも改行のあと1文字空けていないので、段落の変わり目がわからない。

軽い読者を排除するためにわざと読みにくくしているのか?




ちなみに「原稿用紙の最初の1マスを空けるか空けないか」というのは国語でよくある質問だけど、単純なルールがあるんだよ。

段落を分ける文章では最初の1マスを空ける。段落を分けないときは空けない。

だから小論文では冒頭の1マスを空けるし、国語の記述問題や要約のときは空けない。
(要約でも、たとえば前半と後半で段落を分けるなら最初の1マスは空ける)




つーか「、(読点)」が多いよね。

「どんな権力も、しっかりとした対抗勢力が存在せず、緊張感がなくなれば、堕落し、暴走します。」
 ↓
「どんな権力も、対抗勢力との緊張関係がなくなれば、堕落し暴走します。」

「枝野は、特に幹事長に就任した今年の九月以降、明確な姿勢と発信で、党内はもとより、多くの他の野党を取りまとめ、政権と厳しく対峙し、政治に緊張感を取り戻す流れを作り上げてきました。」
 ↓
「枝野は民主党幹事長として党内のみならず野党をも取りまとめ、安倍政権と厳しく対峙してきました。その結果、政治に緊張感を取り戻しつつあります。」



プロのライターが書いた文章には見えないなあ。
まさか枝野さんの演説をそのまま文字にしたとか?



「さいたま発、次の日本のリーダーを、力強く!
押し上げていただきますよう、お願いします。」

改行のタイミングもおかしいし。


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「寛容で多様性のある日本を守る!」

てっきりヘイトスピーチに反対するのかと思いきや、

「特定秘密保護法」ですか?




「八百万の神」から「特定秘密保護法」かあ、飛んだなあ。。。




ここでの論法には2つの問題がある。

1 「日本の伝統」は法案に反対する根拠になるのか?
2 漢字と仏教の例は「寛容で多様性」の例として適切なのか?



いま現実に施行された法律に反対するなら、この法律によって実際に起こりうるトラブルを挙げた方が早い。
「昔の日本はこうだった」と言われても、「昔は昔、今は今」と考える人もいる。



それに、
「寛容」というのは嫌な奴でも許すこと。
「多様性」は異なるものが共存できること。


漢字は迷惑な存在ではないし、漢字が伝わった頃の日本には他に文字がなかった。

だから寛容の例にも多様性の例にもならない。

仏教も、蘇我氏(崇仏派)が物部氏(排仏派)を滅ぼしたこととか秀吉以降キリシタンが弾圧されたことを考えると寛容ばかりとはいえない。

どちらかというと、漢字と仏教は日本人の柔軟さとかアレンジ能力を示す例だよね。




「八百万の神」と「特定秘密保護法」を強引に並べられると、読み手としてはいろいろ勘繰ってしまう。

仮説1 後援会の歴史好きなオヤジに任せたら好き勝手に書かれてしまった。
仮説2 「売国奴」とか「中核派(革マル?)」とか言われないために右寄りの有権者に迎合した。




もっとも、枝野候補には他の候補が書けない必殺技がある。

「変わらぬ初心
 続けています街頭演説 しがらみがない!作らない!
重ねる経験
 内閣官房長官 党幹事長 行政改革担当大臣 経済産業大臣」

現職議員としての実績を列挙できるのは新人候補に対して大きなアドバンテージのはず。

だったら「八百万の神」なんかよりも実績を前面に打ち出せばよかったのに。
震災のとき大活躍して、民主党の中で「唯一」評価されている人物なんだから。




続いて共産党・山本ゆう子候補。

共産党はいつも主張がハッキリしていてわかりやすいね。しかも書き方にまったく無駄がない。

アベノミクス反対、増税反対、集団的自衛権反対、原発再稼働反対。

マッキーもこれくらい白黒ハッキリさせたら積極的支持者が増えるのに。



それに「教師39年」で「子どもたちを戦場に送らない」って、プロフィールと政治的主張がピッタリ合っている。
しかもさいたま市内の小学校に赴任していた経歴が地元にもアピールしていて一石二鳥。

それに比べてマッキーの「ニューヨーク州弁護士」はもったいない、もったいない。




何より、共産党はレイアウトが上手いよね。

まず目に入るのがメインコピー「暴走ストップ 政治を変えるチャンス」。

強いメッセージなのに明朝体なので毒々しく感じない。しかも斜体で鋭さはキープ。

枝野さん(てか枝野さんのを書いた人)にもこれくらいのバランス感覚があったら読む人増えるのに。



次に目に入るのは下の「比例代表は日本共産党とお書き下さい」。

これはマッキーも枝野さんも書いてない!

大事なポイントなのに、なぜ?

2人とも政党名を前面に出したら困ることでもあるのか?




というわけで、今回の「選挙公報添削」は共産党の圧勝。実際の選挙の勝敗は知らないけど。

この選挙公報添削の企画を始める前は、まさか自分の人生で共産党を褒める日が来るとは思わなかったよ(笑)


2013年07月16日 選挙公報で国語の勉強 参院選2013
2013年05月15日 選挙公報で国語の勉強2013
2011年04月07日 選挙公報で国語の勉強
2009年05月17日 立候補者の自己PRを国語目線で添削してみた


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「オキテ55」シリーズ第3弾は、

受験現代文という科目に対する、俺なりの「卒論」。

卒論出したので、もうこの仕事辞めても未練はない!(笑)




それにしても、この仕事に就いてから卒論出すまで18年かかったか。。。

実際には2006年の時点でこの本を書こうと思っていたんだけど、

まだコンテンツと本を書く技術が足りなかったんだよね。



「コンテンツ」=入試問題、特に記述問題の研究

「本を書く技術」=商品としての企画力、文章力、編集者との喧嘩の仕方などなど



4冊目にして、やっとこの本を書いて世に出せるくらいになった、ような気がする。




第1章 現代文って、なぜモヤモヤするの?
第2章 誤読しないための 評論の目のつけどころ
第3章 感情移入でコケないための 小説の目のつけどころ
第4章 もう出題者に騙されない 選択肢の罠の見抜き方
第5章 ツギハギ答案にならない 記述問題の攻略法
第6章 難易度MAX 東大の問題を解いてみやがれ


これ読んだら、誰でも国語の先生やれるよ。


1章は超初心者向け。
「現代文って、答えがあいまいだから大っ嫌い」と俺の前で言い放った高校の数学の女性教諭に答えてやろうと思って書いた(笑)

2〜4章はセンターで満点目指すレベル☆
ここまでは誰でも読めるし、すぐ使える。
私立文系と国立理系の受験者は4章までをマスターしてくれれば十分。



5章の後半から、ガチの国公立大学対策。
この章の肝は「本文を離れて、普通に考えよう!」。
「記述=本文をまとめよう」とかいう国語業界の慣習を思いっきり否定しているので、同業者の半数から反発を喰らうのは覚悟の上。
先に「ごめんなさい(棒読み)」と謝っておこう。

で、6章はたぶん誰も真似できないほぼ「無理ゲー」。
たまにはいいじゃん、倒せないラスボスも。
東大の「正解」って非公表で、予備校業界でも本当のところはまだ誰も解明していないんだよ。
だから最初に王手をかけてみたかった。


超初心者から東大受験者まで役に立つ(はずの)参考書。

でも同時に、日本の国語教育界に対し新しい仮説を投げ込んでみた。

ここから先はプロの先生方による検証に委ねる。

だからやっぱり「卒業論文」なんだよね。






ちょっと右寄りで田母神さんに投票した友人がつぶやいてた。

「なぜ零戦はゼロセンなんだろう?」


旧日本軍に詳しい彼によると、「零式艦上戦闘機」は作られた昭和15年(1940年)が皇紀2600年にあたり、皇紀の下2桁「00」から「零式」なんだと。

で、彼の疑問は
「なぜ『レイ』とか『マル』ではなく、敵性語(英語)の読み方で『ゼロ』なのか」。

実際、戦時中の文献にも「ゼロ戦」と書かれている。不思議だね。




たぶん人々の間で親しまれる通称って、「敵性語」云々の理屈を超えた何かがあるんだよ。

だって耳で聞いた感じ、「レイセン」よりも「マルセン」よりも「ゼロセン」の方が強そうじゃない?

2008年05月22日 どんな質問にも答えるぜ2「犬の名前はなぜ『ポチ』なのか?」





家庭教師やってた頃、本人はいたって真面目なのに0点取っちゃう子がいて、

「うわっ、漫画の世界じゃなく実在する点数なんだ?!」って驚いたことがある。



あれも「れい点」と読むからダメっぽく聞こえるんであって、

「ゼロ点、取りました!」って読むと


何だか前人未踏の記録に挑んでるように聞こえないか?

今年の東北大の国語は攻めてたねえ。
(受験生はママの付き添いが多すぎてニュースになってたけど・笑)



問5 筆者はM教授の講義でラテン語が用いられていたことをどのように評価しているのか。



そんな結論、どこにも直接書いてねーし!!(笑)

〈まとめる〉派の人たちは面食らうよなあ。いい問題だ☆



強いて挙げれば、

第一段落でのエピソードの中には「わたしには『ブタに真珠』『ネコに小判』の類いであった。」と書いてあるし、
第二段落では「まったく実用性を喪失している」とも書いてある。

だから表面的に読めばラテン語を中心とする古典的な教養を全否定しているようにも見えるんだよね。
駿台の解答はこの立場。


代ゼミでも会議で意見が割れたんだけど、いわゆる教養(哲学とか文学とか)が好きな人はこの文章を
「近代化に対する古典的教養の抵抗」
と解釈するみたいなんだよね。
河合塾の解答はこの立場。


でもこの文章は最後のドラッカーの話をよく読めばずいぶん違う展開になる。

ドラッカーは1993年に「新しい教養」を「各自の専門的知識を一般化できること」と定義し直した。
実際、それから20年経った現在、世の中のキーワードは「シェア」だよね。

古典的教養は
1 普遍性に通じる知識(ラテン語、人文学)を
2 一部のエリートが独占する

ドラッカーによる新しい教養は
1 各自の専門的知識を
2 シェアできる能力

こう分類すると、ラテン語および古典的教養は
1 専門的知識としては時代遅れ
2 シェア(普遍化)のヒントとして必要

というプラスとマイナスで評価されるんじゃないだろうか?


東北大は去年も今年も「ただの反近代じゃないポストモダン」というテーマが続いている。


代ゼミの会議は俺の「プラス・マイナス」説と他の先生の「古典派の抵抗」説で割れたので、あとの判断は国語科の職員のみなさんに預けて逃げてきた(笑)
だって、腹減ってたんだもん。


現時点で代ゼミはまだ発表してないけど、結局どう決まったんだろう?

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「そんながんばる」って、どんな???





受験生のみなさんが戦闘中のこの時期、

俺はずーーーーーーーーっと引きこもり中。

1冊目を書いた2011年から、毎年この時期は執筆だね。

『小論文のオキテ55』『AO入試・推薦入試のオキテ55』に続くシリーズ第3弾なので、たぶん『現代文のオキテ55』になるとは思うんだけど、

コンテンツが55個に収まらなくなってきてさ。。。

取捨選択に悩み中。




とりあえず、宮城県のパプリカ農家アハメドさんは頑張ってるぞ。
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「『・・・の背景てへちる都市の景観』って、何だこれ?」

「あ、これ『背景となる都市』って書いたんですけど。。。」

「これはどう読んでも『背景てへちる』だろ」

「そんなことないっす。『背景となる都市』っすよ」

「絶対『てへちる』だ」

「いいえ、『となる』です」
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大学院生は2種類に分けられる。

教授の弟子として先生の教えを忠実に学んで受け継ぐ人と、

教授や学会の言うことを覆して新しい何かを生み出そうとする人。




個人的に、前者のタイプと話しててもよくわからなかったなあ。。。

「君、コピーマシンでいいの?」って思ってた。「ロックじゃねえ」とも思った。



せっかくこの世に生まれて短い人生を送るんだから、何か「自分だけ」の成果を残したいと思わないんか?



もちろん定説や常識に逆らったところで何も出てこないかもしれないけど、だからって定説の側につくのは、やっぱりロックじゃない。

確率は低いけど当たれば大きい方に賭けてしまうのは、性格の問題か?
(いま思い出した。小学校の時、「人は人力では空を飛べない」って聞いて、翼を自作して飛ぼうとしたことがある)



定説や常識を聞くと、覆したくなるんだよね。

だからこれまでも授業中にオレ流の「仮説」を披露してクラスの失笑を買ってきたなあ(笑)

たとえば
「ヒトの脳は海水で進化した仮説」とか
犬の名前の「ポチ」には必然性がある仮説」とか
玉子焼きの誕生が誕生したのは鉄と油の生産量が向上した時代だ仮説」とか
ゴキブリが毛嫌いされるようになったのは近代の住宅の構造が原因だ仮説」とか
In Rome, do as the Romans do.のローマは首都ローマじゃなくてローマ帝国のことだ仮説」とか
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺の空の色は夕暮れではなく青だ仮説」とか。

このうち、ポチとローマと法隆寺は自分でもいい線いってると思うんだけどな(笑)



「守破離」という言葉がある。

茶道や剣道など「○○道」の世界でよく使われる言葉なんだけど、この説明がわかりにくい。

Wikipediaによると
守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。日本において左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。


一体、「破」と「離」は何が違うのか?

オレ流のざっくりした解釈は

守…伝統を守るのが正しいと思っている人。
破…伝統なんかぶっ壊すべきだと思っている人。
離…守ることにも壊すことにもこだわらず、自分のスタイルを確立した人。

教えて!gooでもこの件についてのトピックがあるけど、
「守破離」の「破」と「離」の違い

どうも「○○道」関係の人たちは「破」でも「基本を身につけた上で」的な要素を手放さないんだよね。
「師匠を全否定する」ということは思いつかないらしい。

本当は守→破→離の順番で成長すべきなのかもしれないけど、

守→守→守にしか見えない人も多いので、

俺は破→破→破でいいや。ロックだぜ。

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