鈴木鋭智です。
コメント欄にsoさんから記述問題についての質問をもらって、答えようとしたら長くなったのでこちらで答えるよ。
質問の内容は「記述問題で、『本文から離れて普通に考える』にはどうすればいいの?」
まず、この質問に至る経緯を説明しないとね。ちょっと長くてゴメン。
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『現代文のオキテ55』で取り上げた、東大2009年の問題(馬場あき子『山羊小母たちの時間』)。
設問 「農業が盛んだった頃の一風景が、段差のある家の構造自体の中に残っているのだ」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。
これに対する参考書や予備校による解答で多いのが以下の2つ。
解答例1「忙しい農作業に励む当時の農民たちの暮らしぶりが、土間、上がり框、板の間、座敷と高くなる家の造りを通して偲ばれるということ」
解答例2「家の段差構造に見られる座敷と土間の空間的な上下関係が、当主・小作人・手伝い人という厳しい身分制度を象徴しているということ」
なんとなく解答例1で答えになってる気がするよね?
でも、「農民の暮らしぶり」と「土間、上がり框、板の間、座敷」という古民家のイメージはつながるけれど、わざわざ「段差のある家の構造自体の中に」と強調している部分とはつながらない。
だから解答例1はこの部分に傍線を引いた出題者の要求を満たしていないんだよ。
解答例2は、「段差=身分差」と解釈したけれど、今度は「農業の盛んだった頃の一風景」とつながらない。
農作業をしない武家や公家の屋敷でも身分差はあるもんね。
というわけで、解答例1も2も、「農業=段差とはどういうことか」という問いには答えていないんだよ。
もしかしたら、農業と段差構造をつなぐ必然性あるいは合理性があるんじゃないか?
段差があるから農作業がはかどる、みたいな。
そこで、『現代文のオキテ55』が提案した解答がこちら。
解答例3「当主は高い座敷から全体を見渡して指示を出し、働き手は下の土間からすぐに出入りできるように家が段差構造になっていたということ」
(ぶっちゃけ、段差構造の家が建てられた本当の理由は「地形の都合」だろうと思うけどね。北海道江差市の「旧中村家住宅」も海沿いの斜面に建てられた段差構造の古民家だし。もっとも、ここでのポイントは「建てられた経緯」ではなく、段差の家を見て「筆者が何を考えたか」だ)
この解答をいま読み返すと、
「当主は高い座敷から全体を見渡して指示を出し、働き手は下の土間から出入りしていた様子が家の段差構造から想像できるということ」
という表現の方がよかったかなとは思う(笑)
いずれにせよ、
本文に書いてあることをまとめると解答例1になるけれど、それだと設問の要求に合わなくなる。問いと答えがかみ合わなくなる。
論理的につじつまの合う答えを出すには、本文から一旦離れて「普通に」考える必要があるんだよ。
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ではsoさんの質問に戻ろう。
「記述問題で、『本文から離れて普通に考える』にはどうすればいいの?」
コツは「本文を読んでいない人がこの設問を見たらどう考えるか」。
「傍線部『……』とはどういうことか」という設問の『……』には、“不完全な言葉”が入っているものだ。
たとえば、「『犬は哺乳類である』とはどういうことか」という設問はまず出ない。誰が見ても異論のない“完全な言葉”だから。
でも、「『イルカは哺乳類である』とはどういうことか」なら設問として成立する。
世の中には「イルカは魚」と思っている人もいるので、「イルカは哺乳類」というのは説明の足りない“不完全な言葉”ということになる。
この場合の解答は「イルカは魚のように水中に棲むが、肺で呼吸し子どもを産んで母乳で育てるので哺乳類に分類されるということ」になる。
このとき、「イルカは哺乳類」が“不完全な言葉”だということに気づく人と気づかない人がいる。
気づかないのは「イルカは哺乳類」という前提の中にいる人。
不完全な部分を常識で埋めてしまうので「当たり前」だと思ってしまう。
実は現代文のテストでも同じことが起こっていて、
多くの人は先に問題文を読んでいるので、その内容が「前提」となって不完全な部分を埋めてしまう。
だから「農業が盛んだった頃の一風景が、段差のある家の構造自体に残っているのだ」という傍線部を「そうそう、農業=段差。“完全な言葉”だよね」と受け入れてしまうんだよ。
本文を読んでいない人がこの設問を見たら「農業?段差?何の関係があるの?“不完全な言葉”じゃん」と素朴に思うのに。
コミュニケーションの面白さ、難しさというのは「別な解釈をする人がいる」というところ。
だからこそ“不完全な言葉”に聞こえている人の視点を持つことが大事なんだよ。
「本文を離れて普通に考える」というのはそういう意味。
soさん、これで答えになったかな?
関連記事
2013年01月21日「記述対策のまとめ記事」
コメント欄にsoさんから記述問題についての質問をもらって、答えようとしたら長くなったのでこちらで答えるよ。
質問の内容は「記述問題で、『本文から離れて普通に考える』にはどうすればいいの?」
まず、この質問に至る経緯を説明しないとね。ちょっと長くてゴメン。
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『現代文のオキテ55』で取り上げた、東大2009年の問題(馬場あき子『山羊小母たちの時間』)。
設問 「農業が盛んだった頃の一風景が、段差のある家の構造自体の中に残っているのだ」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。
これに対する参考書や予備校による解答で多いのが以下の2つ。
解答例1「忙しい農作業に励む当時の農民たちの暮らしぶりが、土間、上がり框、板の間、座敷と高くなる家の造りを通して偲ばれるということ」
解答例2「家の段差構造に見られる座敷と土間の空間的な上下関係が、当主・小作人・手伝い人という厳しい身分制度を象徴しているということ」
なんとなく解答例1で答えになってる気がするよね?
でも、「農民の暮らしぶり」と「土間、上がり框、板の間、座敷」という古民家のイメージはつながるけれど、わざわざ「段差のある家の構造自体の中に」と強調している部分とはつながらない。
だから解答例1はこの部分に傍線を引いた出題者の要求を満たしていないんだよ。
解答例2は、「段差=身分差」と解釈したけれど、今度は「農業の盛んだった頃の一風景」とつながらない。
農作業をしない武家や公家の屋敷でも身分差はあるもんね。
というわけで、解答例1も2も、「農業=段差とはどういうことか」という問いには答えていないんだよ。
もしかしたら、農業と段差構造をつなぐ必然性あるいは合理性があるんじゃないか?
段差があるから農作業がはかどる、みたいな。
そこで、『現代文のオキテ55』が提案した解答がこちら。
解答例3「当主は高い座敷から全体を見渡して指示を出し、働き手は下の土間からすぐに出入りできるように家が段差構造になっていたということ」
(ぶっちゃけ、段差構造の家が建てられた本当の理由は「地形の都合」だろうと思うけどね。北海道江差市の「旧中村家住宅」も海沿いの斜面に建てられた段差構造の古民家だし。もっとも、ここでのポイントは「建てられた経緯」ではなく、段差の家を見て「筆者が何を考えたか」だ)
この解答をいま読み返すと、
「当主は高い座敷から全体を見渡して指示を出し、働き手は下の土間から出入りしていた様子が家の段差構造から想像できるということ」
という表現の方がよかったかなとは思う(笑)
いずれにせよ、
本文に書いてあることをまとめると解答例1になるけれど、それだと設問の要求に合わなくなる。問いと答えがかみ合わなくなる。
論理的につじつまの合う答えを出すには、本文から一旦離れて「普通に」考える必要があるんだよ。
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ではsoさんの質問に戻ろう。
「記述問題で、『本文から離れて普通に考える』にはどうすればいいの?」
コツは「本文を読んでいない人がこの設問を見たらどう考えるか」。
「傍線部『……』とはどういうことか」という設問の『……』には、“不完全な言葉”が入っているものだ。
たとえば、「『犬は哺乳類である』とはどういうことか」という設問はまず出ない。誰が見ても異論のない“完全な言葉”だから。
でも、「『イルカは哺乳類である』とはどういうことか」なら設問として成立する。
世の中には「イルカは魚」と思っている人もいるので、「イルカは哺乳類」というのは説明の足りない“不完全な言葉”ということになる。
この場合の解答は「イルカは魚のように水中に棲むが、肺で呼吸し子どもを産んで母乳で育てるので哺乳類に分類されるということ」になる。
このとき、「イルカは哺乳類」が“不完全な言葉”だということに気づく人と気づかない人がいる。
気づかないのは「イルカは哺乳類」という前提の中にいる人。
不完全な部分を常識で埋めてしまうので「当たり前」だと思ってしまう。
実は現代文のテストでも同じことが起こっていて、
多くの人は先に問題文を読んでいるので、その内容が「前提」となって不完全な部分を埋めてしまう。
だから「農業が盛んだった頃の一風景が、段差のある家の構造自体に残っているのだ」という傍線部を「そうそう、農業=段差。“完全な言葉”だよね」と受け入れてしまうんだよ。
本文を読んでいない人がこの設問を見たら「農業?段差?何の関係があるの?“不完全な言葉”じゃん」と素朴に思うのに。
コミュニケーションの面白さ、難しさというのは「別な解釈をする人がいる」というところ。
だからこそ“不完全な言葉”に聞こえている人の視点を持つことが大事なんだよ。
「本文を離れて普通に考える」というのはそういう意味。
soさん、これで答えになったかな?
関連記事
2013年01月21日「記述対策のまとめ記事」
コメント
コメント一覧 (5)
クジラの例えがとても分かりやすく、「普通に考える」とはどういうことかは理解できたのですが、
どうすれば「普通に考える」ことができるのが分からないのです。。。
すばり、どうすれば「段差=身分差」ということに気付けるのでしょうか?
「小作」と「当主」だけしか書かれていなければ、自分でも気付けたかもしれないのですが、「ご隠居」「お手伝い」などのワードも入っていて難しいです。
>わざわざ「段差のある家の構造自体の中に」と強調している部分とはつながらない。
ここがヒントになりそうな気がするのですが…
「段差が出てくればだいたい階級差のアナロジー」というようなセオリーがあるのでしょうか?
身分差にはこだわらなくていいよ。解答例2になっちゃうから。
「なぜ出題者は他の部分ではなく、ここに傍線を引いたんだろう?」って考えると、設問の言葉一つ一つに目が届くようになるよ。
予備校や過去問集がなぜ設問の文言を疎かにするかというと、「東大の記述は傍線部の周辺の要約」っていう都市伝説があるから。
そんな高校入試レベルの作業を東大が求めるわけないのに(笑)
模範解答には身分差の要素はないんですね。
「当主」と「働き手」に身分差が含意されていると勘違いしてました。
でも「段差は指示出しのためにある」という風に自分で思いつく自信がないんですよね。。。
正直、最初に模範解答を読んだ時は「同じく上の段にいるご隠居は指示出さなくね?」と思ってしまいました。
もちろん、その後「農業における段差の役割を考えるとそうなるのか」と納得はできたのですが、自力で考え付くかのは難しいように思います。
それはもう慣れ、訓練、常識力といったところなのでしょうか?
訓練しようにもえいち先生のような視点で解説されてる参考書が少ないので、困ってしまいます。。。
あと、「無敵の文章理解メソッド」本屋で見ました。
テクニック集的なものかと思ってたのですが、前半はしっかり読解の説明があり、最後には英語も同じ方法で解かれていてスゴいと思いました。
大学受験の英語とは違うと書かれていましたが、センターや私大のようなマーク式の内容一致問題には有効ですよね?
手持ちのお金がなかったので購入はできなかったのですが、近いうちに手に入れたいと思います。
ぶっちゃけ、ここまで突き詰めて思考しなくても大学には受かるんだけどね(笑)
受験は相対評価なので、解けてなくても定員までは入れてくれる。
でも社会人になったら「問いに対してロジカルに答える」ってのは超重要で、しかも誰も学校で教わっていないだけに企業からのニーズが大きいんだよ。
果たして自分は受験で合格できるレベルの答案を書けるようになるのか…
できれば、えいち先生のような答案を書けるようになりたいものです。
丁寧な質問対応ありがとうございます。