大学院生は2種類に分けられる。

教授の弟子として先生の教えを忠実に学んで受け継ぐ人と、

教授や学会の言うことを覆して新しい何かを生み出そうとする人。




個人的に、前者のタイプと話しててもよくわからなかったなあ。。。

「君、コピーマシンでいいの?」って思ってた。「ロックじゃねえ」とも思った。



せっかくこの世に生まれて短い人生を送るんだから、何か「自分だけ」の成果を残したいと思わないんか?



もちろん定説や常識に逆らったところで何も出てこないかもしれないけど、だからって定説の側につくのは、やっぱりロックじゃない。

確率は低いけど当たれば大きい方に賭けてしまうのは、性格の問題か?
(いま思い出した。小学校の時、「人は人力では空を飛べない」って聞いて、翼を自作して飛ぼうとしたことがある)



定説や常識を聞くと、覆したくなるんだよね。

だからこれまでも授業中にオレ流の「仮説」を披露してクラスの失笑を買ってきたなあ(笑)

たとえば
「ヒトの脳は海水で進化した仮説」とか
犬の名前の「ポチ」には必然性がある仮説」とか
玉子焼きの誕生が誕生したのは鉄と油の生産量が向上した時代だ仮説」とか
ゴキブリが毛嫌いされるようになったのは近代の住宅の構造が原因だ仮説」とか
In Rome, do as the Romans do.のローマは首都ローマじゃなくてローマ帝国のことだ仮説」とか
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺の空の色は夕暮れではなく青だ仮説」とか。

このうち、ポチとローマと法隆寺は自分でもいい線いってると思うんだけどな(笑)



「守破離」という言葉がある。

茶道や剣道など「○○道」の世界でよく使われる言葉なんだけど、この説明がわかりにくい。

Wikipediaによると
守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。日本において左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。


一体、「破」と「離」は何が違うのか?

オレ流のざっくりした解釈は

守…伝統を守るのが正しいと思っている人。
破…伝統なんかぶっ壊すべきだと思っている人。
離…守ることにも壊すことにもこだわらず、自分のスタイルを確立した人。

教えて!gooでもこの件についてのトピックがあるけど、
「守破離」の「破」と「離」の違い

どうも「○○道」関係の人たちは「破」でも「基本を身につけた上で」的な要素を手放さないんだよね。
「師匠を全否定する」ということは思いつかないらしい。

本当は守→破→離の順番で成長すべきなのかもしれないけど、

守→守→守にしか見えない人も多いので、

俺は破→破→破でいいや。ロックだぜ。