例年だと「さあ、新しいスタートだ!!」とか「今年こそ◎◎!!」とか「お年玉¥¥」とか言って張り切るところだけど、

元旦早々明日からの授業のプリント作っているせいか、あるいは原稿が進まず何の区切りもついていないせいか(笑)、こんな俳句が初めて納得できた。



去年今年貫く棒の如きもの  高浜虚子



宇宙の時間は淡々と連続しているのに、人間が勝手な都合で区切って祝ってるだけだという意味。

世の中の謹賀新年・心機一転・開運祈願ムードに水を差すニヒリズムの句だね。




なぜこの人はこんなに冷ややかなんだろう?と考えていて、あんまり関係ないことが気になった。

なぜこの人の名前は「虚子」なんだ???




師匠の正岡子規が虚子の本名「清(きよし)」にちなんで名付けたとはよく知られているけど、

でもなぜわざわざ「虚」なんてネガティブな字を選ぶ???




調べてみたら、正岡子規が虚子を名付けたときの手紙というのがあった。

これハ君の名「清」の字にちなミたるものにて「虚子 きよし」といふ滑稽に御坐候。又意味より申し候とも清と虚とハ殆どシノニムとも云ふべきものかと存候。


清と虚はシノニム(同義語)だったか!

たしかに清潔とか純粋ってのは、嘘くささがあるんだよね。

悪い奴のいない社会とか、間違いのない計画とか、現実にはあり得ない。

除菌マニアの俺が言うのも変だけど(笑)、正岡子規のネーミングセンス、すげー。



「清濁併せ呑む」という通り、汚れも認めてこそリアリスト(現実主義者)。

今年はいろんなことに寛容になろう。

あっ、うっかり新年の抱負を立ててしまった。。。